8月23日(土)、第37回ピアリング笑顔塾「知りたい!人工物による乳房再建―ラウンド型インプラントでより美しく乳房を作る―」を開催しました。
テーマは「人工物(ラウンド型インプラント)での乳房再建」
2019年に起こったアラガン社インプラントのリコール問題。ブレスト・インプラント関連未分化大細胞型リンパ腫(Breast Implant Associated-Anaplastic-Large Cell-Lymphoma (BIA-ALCL)という新たな疾患も発見され、シリコンインプラントで乳房再建を考える、再建中の患者さんたちに衝撃が走ったことを鮮明に覚えています。
その後、アラガン社のスムーズタイプ、シエントラ社、モティバ社のインプラントが保険適用となり、人工物再建の選択肢が広がりました。しかし、シエントラ社のインプラントが製造中止となり、患者としてはラウンドタイプインプラントでの再建が上手くいくのか、という不安も感じています。
そこで、乳房再建に注力されている三井記念病院形成外科・再建外科部長の棚倉健太先生をお迎えし、乳房再建の方法、人工物(インプラント)再建でどこまで左右対称に再建できるのか、日本における乳房再建の現状について教えていただきました。
棚倉健太先生は人工物再建、自家組織再建、脂肪注入再建、乳輪乳頭再建と全ての方法で再建をおこなえる乳房再建のスペシャリスト。乳房再建に悩む多くの患者さんの声を聴いてくださいます!

乳房再建は乳がん治療を受け入れやすくするための治療の一環です。乳がん診療ガイドライン外科療法2022年版でも「乳房再建術はインプラントを含むほとんどすべての再建が保険適用となったので、適用となる全ての患者に情報提供をしなければならない」と明確に記されています。
その再建方法は大きく分けると二種類。乳房インプラントを使う人工物再建と、自分の組織を使う自家組織再建です。再建時期も乳がん手術と同時に終わる一期再建、拡張器:ティッシュ・エキスパンダー(TE、以下エキスパンダーと略す※ティッシュは組織の意味)を使用する二期再建に分けられます。

エキスパンダー挿入の目的
エキスパンダーの役割は乳房全切除術で切除された皮膚を伸ばすこと。乳房の全摘手術が終わった段階で傷を閉じる前に大胸筋の裏に空間を作り、そこにエキスパンダーを入れます。エキスパンダーに雑菌が付くと固くなってしまったり、場合によっては感染につながったりするため、挿入時にはしっかり抗生物質に漬けています。
特に自家組織再建の場合、皮島(パッチワーク部分、ドナーの皮膚が移植された部分)をなるべく少なくするためにはエキスパンダー挿入は欠かせません。挿入後は生理食塩水を注入し十分な空間を作っていきます。
また、乳がん手術前に一旦エキスパンダーを挿入することで、最終的な再建方法の決定を後回しにすることもできます。
現在使用できるエキスパンダーは二種類。アラガンのものとモティバのものです。

エキスパンダーと放射線照射
以前はエキスパンダーに放射線を当てることは禁忌とされていました。エキスパンダーが入っていることにより放射線が乱反射してしまうというのが理由でした。現在は金属が少なく、放射線照射しやすいエキスパンダーが発売されたため、エキスパンダー挿入中にも放射線照射ができるようになってきています。
エキスパンダー挿入中に放射線照射をおこなうと、感染・露出といった合併症率が上がる半面、被膜拘縮率(硬くなること)が低くなり、良い状態の再建ができると考えられてきています。ちなみに、インプラントに入れ替えてから放射線照射をすると、4割以上の方に被膜拘縮がおこると言われています。
三井記念病院ではより使いやすいという観点からモティバのエキスパンダーの使用が多くなっています。
乳房インプラントの種類
インプラントの種類はインプラント表面の加工と形の二つの要素で分けることができます。
表面の加工に関しては、マクロテクスチャード(すごくざらざらしているもの)、マイクロテクスチャード(少しざらざらしているもの)、スムーズ(つるつるなもの)に分けることができます。形に関してはラウンド型(丸いお椀型)とアナトミカル型(しずく型)です。
2019年のアラガン社のインプラントリコール問題(乳房インプラント関連未分化細胞型リンパ腫の発症問題)と2025年のシエントラ社の買収問題(世界的にマイクロテクスチャードのものが使われなくなったことによる)により、現在、乳房再建で使用できる実質的にインプラントはアラガン社のスムーズ・ラウンドとモティバ社のスムーズ・ラウンドの2種類です。

ダイレクト・トゥー・インプラント
一次一期再建、つまり、乳がん手術と同時にプラント入れるという方法です。海外では人の皮膚由来の無細胞真皮(ADM)というものを使いインプラントを挿入することができますが、日本ではこの無細胞真皮を使うことができません。ですが、ある程度の大きさの乳房(280cc~300cc)であれば、大胸筋の下にインプラントを挿入し、皮膚を閉じる二層でコートすれば直接インプラントを入れることができます。ダイレクト・トゥー・インプラントは一回で終わるというメリットがある半面、修正の機会が無い、合併症もちょっと多いというデメリットがあります。
三次再建
三次再建とは乳房インプラントでの再建が一旦終了した後の再再建のことです。インプラントの位置が高い、乳頭の位置のずれ、インプラントが硬い等の修正も再再建時におこないます。
ラウンド型インプラントで綺麗な乳房を作る
棚倉先生がどのようにラウンド型インプラントで再建をされているのか、どのような工夫をおこなっているのか、をたくさんの症例写真と共にご説明いただきました。
現在、三井記念病院ではモティバのインプラントを使っています。
エキスパンダー挿入後、位置がずれてしまった場合は、インプラント挿入時に位置を修正します。漏斗胸の場合、左右に入れるインプラントのサイズを変えることで、凹んでしまった部分を補い、左右対称に見えるようにします。乳頭の位置が上に上がってしまった場合は、大胸筋と皮膚をしっかり剥がして修正します。乳頭の位置ずれや下垂のある人の場合、エキスパンダーからインプラントへの入れ替えを半年ではなく、8カ月待って入れ替えるようにしています。
乳房の大きさにかかわらず、特殊な形でない限り、ラウンド型インプラントでもしっかり再建できます。
自家組織再建のドナーとして多く使われている部分はお腹と背中ですが、棚倉先生は太もももドナーとして使用されています。
お腹ドナー(DIEP flap)
おへそより下のお腹下半分を取り胸の血管と繋いで再建する方法。お腹に傷がある場合は左右の血管を使用して再建します。お腹の傷あとは短いとは言えませんが、ズボン等に隠れる部分になります。
【メリット】組織の量が多い、皮膚の色が乳房の色に近い、傷あとは長いが隠せる
【デメリット】一度しか使えない、腹壁瘢痕ヘルニアの可能性、傷が長い
背中ドナー(広背筋皮弁)
背中から組織を取り、組織を胸側に回して縫い付ける方法。ある程度の大きさの乳房を作ることができます。
【メリット】血管吻合がない、傷あとは自分では見えない
【デメリット】広背筋を一つ失う(機能的に問題はなし)、大きさが小さくなる(筋肉が痩せることによる)、あまり大きなサイズの乳房は作れない
太ももドナー(大腿深動脈穿通枝皮弁)
太ももの内側の後ろの方から組織を取り、胸の血管と繋いで再建する方法。お腹ドナーの時と比べて入院期間は短くなります。二か所から別々に取れるため、対側が乳がんに罹患した際にも使えるドナーです。
【メリット】負担が少ない、やせ型でも厚みがある、傷あとが隠しやすい、お腹に傷がつかない、二か所別々に取れる
【デメリット】あまり大きな乳房は再建できない、あまり普及していない(太ももドナーで再建できる先生は限られている)
脂肪移植
細い管を小さな切開から入れ脂肪を吸引、取り出した脂肪を遠心分離し精製したものをさらに細い管で乳房に注入し再建する方法。インプラントの周りの段差を目立たなくする、部分切除時の凹みを埋めるために脂肪注入をおこないます。何回か注入することで全乳房の再建も可能です。
現時点では自費診療になります。

日本における乳がん手術はこの10年間で全摘術が温存術の1.5倍に増えました。しかし、2019年のリコール問題以降、再建率という意味では下がり続けています。全摘の数に対して再建が全く追いついていないためです。
全国的に見てみると、インプラント再建ができない県も少ないですがあります。逆に血管を繋ぐ遊離皮弁に関してはいわゆる太平洋ベルトと言われる地域でしかやっていないということが統計からわかります。自家組織再建の場合、顕微鏡下で血管を繋ぐという手技を習得するのが大変であり、さらにその指導者を作るということがもっと大変なことなのです。そのため、インプラントの方が乳房再建を全国に普及させるという意味では非常に強い役割があると言えます。
また、日本における乳がん発症年齢が、45歳から50歳と70歳から74歳にピークを向かえています。年代別の再建率を見てみると、若年層は再建率30%を超えていますが、55歳以降の再建率はどんどん下がっています。
超えるべき壁はありますが、日本全国で希望する全ての再建方法が提供される社会、そんな社会が訪れて欲しい!!!そう願っています。そのために活動していきたいと思います。
棚倉先生はそのための活動としてクローズドリボン運動をおこなっていらっしゃいます。
ピンクリボン、皆さんご存知だと思いますが、そのリボンの下が閉じているのがクローズドリボンです。乳がんの治療を終わらせるという意味で、それが再建を意味します。
10数年前にアメリカで作られたものですが、それを見た時から日本への導入を願っていたところ2024年、NPO法人エンパワリング ブレストキャンサー(E-BeC)を中心とし日本へも導入されました。そして、10月8日が乳房再建を考える日と定められました。

第37回ピアリング笑顔塾、いかがでしたでしょうか。
今回はインプラント再建をメインにお話いただきましたが、他にも自家組織再建、脂肪注入再建があります。皆さんがどの方法を選択するとしても、再建についての情報を納得いくまで調べて、後悔しない再建をしていただきたいと願っています。
乳房再建はある意味自分自身と向き合うことが必要です。
譲れないこと・譲れること、我慢できること・できないこと、妥協できること・できないこと、時には負のループにはまることもあるかもしれませんが、悩んだら悩んだ分だけ、より満足のいくお胸をプレゼントしてくれると思います。怖がらず、再建の一歩を踏み出していただければ嬉しいです。

棚倉先生には事前質問、当日質問、合わせてたくさんの質問にお答えいただきました事前質問は、「温存手術について」「放射線治療後の再建」「インプラント再建について」「エキスパンダーからインプラントへの入れ替え、さらにインプラントへの入れ替えについて」「再建後の運動」「乳頭乳輪再建」「主治医への伝え方」など多岐にわたっていました。乳がん手術を温存にするか全摘にするか、再建方法をどうするか。乳がん治療は選択の連続です。
その選択肢をどう選ぶか、そのためのヒントになれば幸いです。
当日質問は時間の関係でかなり駆け足な対応となってしまいました。
もう少し詳しく知りたい!と思われた方もいらっしゃったのではないでしょうか。
棚倉先生にお願いし、改めて文字でご回答いただきましたので、こちらで共有させていただきます。
Q:エキスパンダー挿入中に海外旅行はいけますか?
A:行けます!保安検査場のボディチェックでチェックが入ることもほぼありません。
先生が把握されている中ではお一人、保安検査場で金属探知機に反応された方がいらしたそうです。エキスパンダーの患者カードを携帯するとよいでしょう。搭乗前に医師に証明書の発行をお願いしておくと安心かもしれませんね!
Q:3年前に再建をしてインプラント入れていますが、未だに痛みが残っています。痛みについて主治医に相談していますが、なかなか手立てがありません。あまりに痛いので、シリコンも取ってしまおうかと検討していますが、原因が乳房切除後の疼痛症候群の場合あまり効果がないと言われています。痛みでQOLが下がっているので何とかしたいですが、誰に相談すればよいかわかりません。インプラント自体はきれいに入っています。
A:痛みは一番難しいと思います。基本的に大胸筋が凝っているというのが痛みの一番の原因になりやすいと思うので、手術以外でできることとしてはしっかり肩を動かしてストレッチをし、マッサージをすることです。長い時間の中で痛みが落ち着いてくる方もいます。手術をしてまで解決したい痛みかどうか、その一点だと思います。
Q:将来的にインプラントを入れ替えではなく、取り除くだけになると、筋肉や皮膚はたるみますか?
A:たるみます!対応策としてはその分皮膚も取ってしまうことができます。
Q:放射線治療後のインプラント再建済みです。乳輪乳頭の医療アートメイクは可能でしょうか
A:リスクはあります。
なかなかうまく治らなかったという患者さんがいらしたそうです。また、放射線治療後でも、きちんと傷が治れば、アートメイクの色が入りにくい、抜けやすいなどもないそうです。
Q:乳頭乳輪再建で乳輪を鼠径部の植皮かアートメイクかで悩んでいますが棚倉先生はどちらがオススメですか?
A:棚倉先生ご自身はアートメイク派、とのことです。
「アートメイク」最近よく聞きますが、病院によってはタトゥーという場合もありますよね。何か違いがあるのか、追加で伺ってみました。
タトゥーは≒刺青・入れ墨で日本社会では忌避される傾向もあります。変わってアートメイクは眉毛やアイラインなど、利用される方も多くソフトな印象です。英語でいうならばmedical tattooなのですが、日本社会での扱いを見る限りはアートメイクがよいかと思っています。実際いわゆる刺青よりも酸化鉄含有量が少ないインクである場合が多く、ゆえにMRIも可能と考えられています。
Q:お話し中にありました、インプラントを入れた後に気になる凹みの脂肪注入が自費になるとのこと、理解しました。インプラントを入れていただいた病院でその対応をしていなければ、別の病院に行っての脂肪注入(足し)になるのでしょうか?
A:インプラント再建をした病院で脂肪注入をおこなっていなければ、脂肪注入をおこなっている別の病院へ行くことになります。
脂肪注入をおこなっている病院は限られていますので、ぜひ、情報を集めて受診先を決めていただきたいです。
Q:エキスパンダー挿入中にAEDは使用できますか?
A:できると思います。エキスパンダー・インプラントは基本的に絶縁体なので。
こちら、以前救命救急士に聞いてみたことがあります。その際、命の方が大事なので使ってください!と言われました。ちなみに、インプラントや自家組織再建後にAEDを使用して形が崩れた!とかインプラントが破損する!などはないのかと思い、追加で先生に伺ってみました。
「ないと思いますが、そんなことどうでもいいので、使うべきです!死んだら終わり!」と即答されました。そして「実際心臓マッサージで肋骨がバキバキに折れるなんていうことはままあります。それでも大切な命を守ることが優先です」と救命の大切さを訴えられていました。
Q:2〜3ヶ月前に一次一期でシリコン再建をしていますが、まだまだ硬く柔らかくないです。先生からは半年から1年かかると言われてますが、本当に柔らかくなるのでしょうか笑
A:だんだん柔らかくなっていきます!8カ月以上待ってください。 万が一、柔らかくならなかった場合は被膜拘縮が起こっているとか、何か別の要因が考えられます。その場合、再手術が必要になる可能性はあります。主治医とご相談を!
ピアリング笑顔塾の最新情報については、一般社団法人ピアリングのpeatixページをフォローして、ぜひチェックしてください。
(文:一般社団法人ピアリング理事 瓜生享子(うり))
