4月13日(土)、第32回ピアリング笑顔塾 「手術の傷あとはここまできれいになる!―傷の治るメカニズムから傷あとケアの実践まで―」を開催しました。
テーマは「傷あとケア」
「治療のために手術を受けたけれど、その傷あとが目立って気になってしまう…」「できることなら傷あとも綺麗に直したい!」と思っていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。
どのように傷あとケアをするのが良いのか。病院によって傷あとケアの対応が異なる場合や、ケア方法についてあまり指導がされない場合もあるようです。そこで、傷あとケアに注力されている日本医科大学 形成外科学教室 主任教授 小川令先生をお迎えし、傷が治るメカニズム、傷あとケアの方法とその重要性について教えていただきました。
小川令先生は「傷のケアは心のケア」を信条に、日々診療をおこなっている、傷ケアのスペシャリスト。
熱傷再建、瘢痕拘縮、ケロイド治療を含む「傷あと治療」がご専門です。傷あとは動かすことで炎症が起き、ケロイド形成のリスクとなることをメカノバイオロジー1の機序から研究されています。
日本全国から傷あと治療を求めて多くの患者さんが小川先生の診察を受けています。今回の笑顔塾の司会進行を務めました、私、うりもそのひとりです。
目立つ傷あとは生物の進化によってもたらされた結果なのです。水の中で生きてきた生物が陸に上がった時、体を乾燥から守るために皮膚が厚くなりました。皮膚が厚くなったことによって、傷あとが残るようになってしまったのです。
すり傷のように皮膚の表面がない傷に対する「湿潤療法」
すり傷のように皮膚の表面がなくなってしまう傷は皮膚のバリアーがなくなってしまい、菌が増えやすくなってしまいます。そのため傷を良く洗い2、皮膚の代わりをしてくれるものを貼るという治療が必要になってきます。
では何を貼ればいいの?
傷の表面の潤いを持たせたまま傷を治していく創傷被覆材(キズパワーパッドTMやケアリーヴTM)がおすすめです。乾燥の刺激がなくなるため、貼った直後から痛みも消えます。
低湿度の環境になると表皮細胞が分裂して表皮が厚くなるというデータがあります。皮膚表面ができるまでは湿潤環境を保つということが大切なのです。けれど、傷をずっと湿らせておけば良い、というわけではありません。皮膚が一回できたら、貼っているものを外し、ある程度乾燥した環境に慣らしていく必要があります。皮膚ができたら最低限の保湿剤でケアするということも大切です。
縫合創の創傷治療
傷の表面から浸出液が出なくなるまでは、創傷被覆材(ガーゼやサージフィットTM3など病院によって様々です)を貼っておきます。
手術で縫った傷は治ろうとしてコラーゲンが生産され、癒着します。そして、一時的に硬くなります。創傷治癒の段階で力が加わると炎症が広がり、傷を治そうとしてコラーゲンが過剰に作られ、コラーゲンの蓄積が起こります。硬い紐ができるイメージです。
術後、日常生活で立ったり座ったり、体力を回復させるために運動をしたりすることで、傷が引っ張られ、運動会の綱引き状態になります。さらに強い力が加わると周囲の皮膚に炎症が広がり、肥厚性瘢痕やケロイド化してしまいます。
傷あとが肥厚性瘢痕やケロイド化しないようにするには、どのように手術の切開線を入れるかがポイントになります。傷あとが引っ張られる線に対して90度の切開線、しわに沿った切開が理想的ですが、がん治療の場合はがんをしっかり切除することが大切なので、理想的な切開線を選択することは難しいのかもしれません。
傷が治るメカニズム
表皮と真皮の創傷治癒は時間の経過が異なります。
表皮の傷は7~10日で閉じます。抜糸をするのはちょうどこの期間になります。けれど、傷の中はまだ治っていません。真皮以下は二次治癒となり創傷治癒には時間がかかります。術後、1週間では元々皮膚が持つ強さの20~30%しか回復していません。術後1ヶ月で50%。3ヶ月でようやく80%回復します。
テープによる固定
傷は引っ張られることにより炎症が起こります。なので、引っ張られないようにすれば良いわけです!
手術後、蝋人形のように、動かず、固まっていれば、傷は綺麗に治ります。けれど、日常生活が待っているので、動かないわけにはいきません。そこで、傷が動かないように、テープで固定することが大切です。一番簡単なのは、縦にも横にも伸びないテープで360度固定してしまうこと。つまり、張力に抵抗するようにする必要があります。
テープの種類
テープは縦にも横にも伸びにくい、メピタック®(シリコーンテープ)や、傷あと専用のアトファインTMなどがあります。メピタック®は、痒くなったりテープかぶれしにくいテープで、汗をかかなければ1週間ぐらい剥がれません。毎日貼って剥がす必要がなく、貼りっぱなしで固定が可能。アトファインTMもお風呂に入るときも張りっぱなしでOKです。剥がれたら張り替えます。テープの周りがジグザグしているので、剝がれにくく痒みも出にくい、剥離刺激が少ないテープです。
テープはどのくらいの期間貼るのが良い?
肥厚性瘢痕を予防するために、最低3ヶ月はテープで固定します。炎症は術直後から始まっています。表皮の傷が治ったとしても、中は全然治っていないということを意識。これは年齢や部位にもよります。
ただし、傷あとが硬く赤くなってきたら、副腎皮質ホルモンのテープ剤「エクラー®プラスター」を処方してもらうことが必要になります。
ケロイドや肥厚性瘢痕、目立つ傷あとはそもそも女性に多いというデータがあります。
ケロイドと妊娠
ケロイドは妊娠で悪化します。妊娠20週を超えるあたりからエストロゲンが高くなるため、ケロイド・肥厚性瘢痕のリスクが高くなります。逆に偽閉経療法することでケロイド・肥厚性瘢痕は軽減します。女性ホルモン(エストロゲン)には血管拡張作用があります。つまり、女性であることが傷あとがケロイド・肥厚性瘢痕になるリスクを高めていることになります。
ケロイドと高血圧
高血圧もケロイド・肥厚性瘢痕を重症化させます。血圧が高くなると皮膚の炎症が強くなります。ケロイドの大きさが大きくなり、数が増えるということがわかってきています。高血圧によって血管内皮機能の低下(血管の機能の低下)が起こるからです。高血圧な方はその治療もおこなった方が良いです。
ケロイドの治療方法
ケロイドの治療は消火作業と同じです。繰り返される伸展刺激は火に油を注いている状態です。ケロイドの状態によって手術、放射線、ステロイドのテープ、レーザーなど様々な方法を使い分けて治療します。
(ケロイド化してしまった傷あとやリストカットの傷あとなどを綺麗に治すための様々な治療法についても症例写真と共にご紹介くださいましたが、掲載の都合で割愛しています)
傷や傷あとのお悩みはぜひ形成外科に相談していただきたいと思います。「傷のケアは心のケア」なのです。
傷はなくならないけど、その傷があっても元気に生きていけるよ!と思えること、それが傷あとケアのゴールだと思います。傷を物理的に消すことが目的ではないということをぜひご理解いただきたいです。
事前質問は「傷あとケアの方法について」など、多くの方が気になっている疑問から「乳房再建後」「婦人科がん術後」「消化器がん術後」の傷あとケアについてなどの個人的な質問もあり、多岐に渡っていました。
その中でも先生が何度も繰り返していたのは「傷あとを触ってみて、硬く赤くなってきていると思ったらエクラー®プラスターを貼る」ということ。
傷あとを見ることは時には辛いことかもしれませんが、まずは自分で傷の状態を観察することが傷あとケアにとって大切なことなのだと学びました。
第32回ピアリング笑顔塾、いかがでしたでしょうか。「傷あとってここまで綺麗に治るの!」とビックリされた方も多かったと思います。小川先生が講演内で、多くの症例写真を用いて傷あとがここまで綺麗に治るということを、視覚的に示してくださったことは、私たちの希望につながったのではないかと思っています。手術の傷あとを少しでも綺麗に治したい、というのは誰もが思うことです。今回の笑顔塾がそのための第一歩となってもらえれば嬉しいです。
また、ダイジェスト動画も公開しました!傷ケアについて知りたいことがギュッと詰まった約30分。ぜひご覧ください!
【ダイジェスト動画】第32回ピアリング笑顔塾 「手術の傷あとはここまできれいになる!―傷の治るメカニズムから傷あとケアの実践まで―」
Vol.1 傷ケアの基本(約6分)
Vol.2 術後の傷あとケア(約11分)
Vol.3 症例を画像で紹介(約11分)※閲覧注意
一般社団法人ピアリング 理事 瓜生享子(うり)