5月17日(日)、第39回ピアリング笑顔塾「卵巣がんと子宮体がんに対する最新の薬物療法」をオンラインで開催しました。
ピアリングには子宮、卵巣等婦人科系のがん患者さんも多く参加されており、これらの治療をテーマとする笑顔塾の開催希望が、これまで多く寄せられていました。
そんな中、昨年よりピアリングの医療顧問に就任された慈恵会医科大学産婦人科診療医長の西川忠曉先生に、待望の婦人科がんをテーマとしたピアリング笑顔塾にご登壇いただき、子宮体がんと卵巣がんの最新の薬物療法や治療の選択についてお話を伺いました。
第一部の講義では、以下のテーマについて、西川先生からお話をいただきました。
テーマ1: 進行・再発子宮体がんの一次薬物療法
テーマ2: 進行・再発子宮体がんの二次薬物療法
テーマ3: 進行卵巣がんの一次薬物療法<TC療法とその仲間たち・PARP阻害薬による維持療法>
テーマ4: プラチナ抵抗性卵巣がんに対する新しい薬物療法
子宮体がんのタイプは、病理診断による組織型分類と病理組織の免疫染色検査などによる分子分類によって分けられます。それぞれの臨床試験に基づいて一次薬物療法、いわゆる抗がん剤による標準治療が決定し、コンパニオン検査(特定の遺伝子・タンパク質を調べること)が薬物療法の有効性に大きく関与します。

印象的だったのは、先生の薬剤に対する解説です。
たとえば、キイトルーダ(ペムブロリズマブ)などの<免疫チェックポイント阻害薬>はがん細胞を直接攻撃するのではなく免疫を強くすることによってがん細胞と戦うお薬だというイメージしやすい説明でした。ただ、免疫を強くするので、自分自身を攻撃してしまう免疫関連有害事象(irAE)の副作用(これは「誤認逮捕」と例えられていました)が起こりうるとのこと。甲状腺機能障害や肺炎などが、例として挙げられました。
つづいて、これは子宮体がんだけでなく卵巣がん患者さんにも馴染があると思いますが<PARP(パープ)阻害薬>についての解説です。
PARPは酵素の名前であり、代表的な<PARP阻害薬>は、リムパーザ(オラパリブ)、ゼジューラ(ニラパリブ)です。
パクリタキセルやカルボプラチンによってDNAが切断される際、DNAの一本鎖を修復するのが[PARP]という酵素(DNAの二本鎖が切断された際に修復するのがBRCA)であり、DNAが修復されてしまうとがん細胞が元通りになってしまうので、その修復する機能を阻害してがん細胞が元通りにならないようにする薬、つまり「抗がん剤の効果をそのまま活かそうよ」というお薬である、ということでした。

また、車が車輪だけでは回らないように、がん細胞に対抗するにはさまざまな薬が相互に働いているということを図とともに教えてくださりました。また、「がんと薬の関係は難しいので『はたらく細胞』の漫画がとてもわかりやすいですよ」とお勧めいただきました。
ここから最新の話題に入りました。免疫チェックポイント阻害薬の登場によってdMMR(DNA配列が細胞分裂の際に修復される機能が破綻しているタイプ)の患者さんの中には、あちこちに転移してしまっていても「治る」方が出てきたとのこと。
ただ、免疫チェックポイント阻害薬が効かなくなってきたらどうしよう、というお話です。 ここで登場したのが「抗体薬物複合体:ADC」というバイオ医薬品です。こちらは、お薬を運ぶバスみたいなもの=抗体に、抗がん剤が積み込まれていて、バスに積み込まれていた爆弾を止めるシートベルト(リンカー)がある医薬品です。例えば、がん細胞の表面にHER2(ハーツー)というたんぱく質があって、これがバス停だとします。このバス停がたくさんあると、そのお薬ががん細胞を見つけやすくなり攻撃して退治するという仕組みです。
エンハーツ(トラスツズマブ デルクステカン)という薬剤がその一例です。ピアリングでは、HER2乳がんのお薬として広く認知されていますね。ただし、夢のようなお薬であるエンハーツには見逃せない毒性があって、日本人は4人に一人ぐらいの割合で肺炎を起こしてしまうというところに注意が必要とのことでした。

三つ目のテーマは卵巣がんについて。
卵巣がんの一次薬物療法がTC療法です。卵巣がんと診断される方の多くはステージが3か4と進行しているので、手術とTC療法を併せた長期的目標は「腫瘍が肉眼的にゼロになることを目指す」ことなのだとか。
以前の卵巣がん治療ではOS<全生存期間>を延ばすことを目標としてきましたが、治療方法が進み、現在ではPFS<無増悪生存期間>つまり病気が悪くならずに過ごせた期間を延長することを目標にしてきているそうです。

今回このテーマで覚えておいてほしいと西川先生が掲げたのは、TC療法に対しddTCを比較した「JGOG3016」という臨床試験です。ボクシングに例えると、通常のTC療法が1回に大きなフックを与えるのに対し、ddTCは小さいジャブをずっと与えるイメージで、結果的にddTCは全投与量が増え、OSもPFSもどちらも有意に伸びた、という報告だそうです。
もう一つ「JGOG3019」試験はカルボプラチンを腹腔内投与することによって成績が改善したという治療方法で、つい最近保険適用になったものです。こちらではPFSは延びたけれどOSは変わらなかったとのこと。これらの治療法は、どれが優れているというわけではないので、主治医とよく相談して治療を進めてくださいとのお話でした。
また卵巣がん治療の一番の進歩である維持療法で使用されるアバスチン(ベバシズマブ)はがん細胞を餓死させるようなお薬だとの説明もありました。さらにはリムパーザ(オラパリブ)やゼジューラ(ニラパリブ)といったPARP阻害薬も併せて、どの治療法が適しているかを調べるにはコンパニオン診断薬のmyChoice検査やBRCAanalysis検査や遺伝子パネル検査(保険で実施可能な検査)が必要で、ステージI, IIの方は適応ではありませんが、III, IV期の方は対象となり、その検査は、多くの場合、手術の後もしくは腹腔鏡や生検時のタイミングで行うようです。
その結果
に分類され、手術と抗がん剤治療に加え維持療法の薬を使用し治癒や寛解を目指します。ただし、PARP阻害薬にも副作用があって、多くは貧血・高血圧ですが、味覚障害・食欲減少など改善が難しいこともあるそうです。

プラチナ抵抗性再発に対して期待される薬剤は、実は未承認や薬価未収載のものがたくさんあるそうです。
例えば、高異型度漿液性がんに対応できるミルベツキシマブソラブタンシン、weeklyパクリタキセルにキイトルーダ(ペムブロリズマブ)を併せた治療法、明細胞がんに効果があるハイツエキシン(リソバリシブ)、低異型度漿液性がんにはアブトメチニブ+デファクチニブなどです。また、プラチナ抵抗性再発卵巣がん全般と対象とするストレスホルモンの拮抗薬であるリラコリタントという薬剤の開発も進む(治験が始まる)予定だとのことでした。
これらの薬物療法は、まだ使用できなかったり、使用のためには条件が合ったり、副作用があることもあるので、現在治療中の方は最新の情報を得つつ主治医とよく話し合った方がよさそうです。
最後に西川先生からのメッセージをいただきました。「Patient Journey(患者さんの旅)」について、医療者はツアーコンダクターの役をしており、常に掲げていることは「Hope the best!」「Prepare for the worst!」とのこと。
最良の結果を常に目指し、悪い方の経過だとしても常に共に準備することをモットーにしているそうです。エビデンス(科学を基にした治療)なくしてナラティブ(患者さん中心の医療)なし!
エビデンスとナラティブは、患者中心の医療を実現するための車の両輪で、どちらも大切でどちらも重要な役割を持っており、SDM(共有意思決定)は、その二つをつなぐいわば架け橋。患者さんの思いにこたえる教育・研究・医療を行おう、と後進の先生にも伝えているとのことでした。


第二部は質疑応答の時間でした。
今回、大変多くの事前質問が寄せられていたため、そのうち数問をピックアップしてお答えいただきました。
印象的だったことは、免疫チェックポイント阻害薬の副作用は2-3ヵ月からが一番気を付けた方が良い時期だということと、副作用の中でも心筋炎がでてしまったらもうその薬剤は使ってはいけないということ。また、普段担当医に質問できないような薬剤選択についても教えていただきました。
アメリカで承認されていて日本ではまだ使うことができないお薬が卵巣がんに効果が期待できることもお話いただきました。まだまだ世界には私たちがん患者を救う術がたくさんあるのだな、と期待を持つことができました。

今回はピアリング笑顔塾への参加申し込み人数が150名を超え、事前質問も参加人数の半数ほども寄せられて、その関心の大きさを感じました。
今回のレポートでは薬剤の詳細などの難しいお話についてはすべて網羅することができなかったので、ピアリングチャンネルからのアーカイブが出るまで今しばらくお待ちください。
複雑な内容をとても分かりやすくお話しして下さり、たくさんの薬や治療方法が開発されていることも教えてくださった西川先生、希望のもてる大変貴重なお話を、ありがとうございました。
文責 / 藤枝恵理 (ピアリング会員:やまねこにゃー)&ピアリング事務局
薬の名前には、一般名(成分名)と商品名があります。この記事に出て来た薬の名前を最後に一覧にまとめました。
| 分類 | 商品名 | 一般名(成分名) |
| 細胞障害性抗がん剤 | パラプラチン | カルボプラチン |
| タキソール | パクリタキセル | |
| PARP阻害薬 | リムパーザ | オラパリブ |
| ゼジューラ | ニラパリブ | |
| 血管新生阻害薬 | アバスチン | ベバシズマブ |
| 免疫チェックポイント阻害薬 | キイトルーダ | ペムブロリズマブ |
| イミフィンジ | デュルバルマブ | |
| 抗体薬物複合体(ADC) | エンハーツ | トラスツズマブ デルクステカン |
| 抗体薬物複合体(ADC) | ミルベツキシマブ ソラブタンシン | |
| 分子標的薬(PI3Kα阻害剤) | ハイツエキシン | リソバリシブ |
| 分子標的薬(RAF/MEK阻害薬) | アブトメチニブ | |
| 分子標的薬 | デファクチニブ | |
| 選択的グルココルチコイド受容体拮抗薬 | リラコリタント |
