8月30日(日)、第41回ピアリング笑顔塾「ひとりで悩まないで。大腸がん術後の排便障害~女性医師が教える、今日からできるお腹の整え方~」をオンライン(Zoom)で開催しました。当日は90名を超える方にご参加いただき、大腸がん術後の排便障害というテーマへの関心の高さがうかがえました。
大腸がんの手術を受けた多くの患者さんから、「術後、これほど排便障害が辛いとは想像していなかった」「デリケートなことだから、主治医にも相談しづらい」というお声をたくさんいただいています。食べる・出すことは、毎日の大切な営み。だからこそ、その悩みを一人で抱え込んでほしくない――そんな思いから、今回のテーマが生まれました。
今回は、直腸がん手術後の排便障害がご専門の大腸外科医・秋月恵美先生をお迎えしました。

冒頭、秋月先生は「今日は、病気の説明よりも、毎日の生活を少し楽にするための考え方を、一緒に整理していきたいと思います」と語り、今日持ち帰ってほしいこととして、次の3つを挙げました。
本当につらいのは、回数や便の硬さそのものよりも「排便に生活を支配されてしまうこと」。この視点を軸に、講義は6つのパートで進みました。
まず、結腸・直腸・肛門それぞれの役割が説明されました。結腸は水分を吸収しながら便をつくり先へ送る場所、直腸は便が来たことを感じてタイミングを調整する場所、肛門は便のコントロールにかかわる出口です。中でも直腸は、便を一時的に保持し、排便のタイミングを調整するという大切な働きを担っています。

直腸がんの手術で直腸を切除すると、この仕組み自体が変化します。手術前にはスムーズだった「便意を感じる→保持する→トイレで排便する」という流れが、手術後は便意の感じ方が変わったり、便を保持しにくくなったり、タイミングを調整しにくくなったりします。これは「体の構造と働きが手術によって変わったために起こること」であり、排便は結腸・直腸・肛門などが連携する“チームプレー”のため、どの働きがどれだけ変化するかは手術内容や個人差によって異なり、困り方も人それぞれになるとのことです。
このように、直腸切除後に生じ、日常生活やQOL(生活の質)に影響する排便障害の総称が「LARS(低位前方切除後症候群)」です。LARSは単に排便回数が多い状態を指すのではなく、便意切迫・漏れ・分割排便・出し切れなさなどが組み合わさり、結果として生活に支障が出ている状態を指します。
多くの方では、術後数週間〜数か月、半年〜1年と時間の経過とともに症状が改善していきますが、その速さや程度には個人差があり、「早く改善する方」「1〜2年かけてゆっくり改善する方」「長期的なサポートが必要な方」がいるとのお話がありました。大切なのは、ただ時間が経つのを待つだけでなく、今困っている生活を少しでも楽にする工夫や治療があるということ。「手術したんだから仕方ない」で終わらせず、新しいお腹のクセを知って付き合い方を見つけていく――ここから講義は「自分の排便を知る」ことへと進みます。
LARSは「便の回数が多い」というひとつの状態ではありません。頻回に出る、少しずつ何度も出る、出し切れない、漏れる、急な便意が来る、いつ出るかわからない――困り方はさまざまで、同じ「1日10回」でも、水様便が何度も出て間に合わない方と、硬めの便が少しずつしか出ず残便感のためにトイレへ何度も行く方とでは、原因も必要な対策もまったく違うと説明されました。「回数が多い=下痢とは限らない」という視点は、参加者にとって大きな気づきになったのではないでしょうか。

そこで最初の一歩として勧められたのが、自分の排便パターンを知ること。「いつ・何回・どんな便か」「食事と排便の関係」「今日いちばんの困りごとは何か」を観察することから始めます。そのためのツールとして紹介されたのが、秋月先生が診療の中で実際に使っている「秋月式LARS日誌」です。排便の時間、便の性状、量や回数、食事や睡眠との関係をマークで記録できるもので、完璧につける必要はなく、まず1週間、多くの場合2〜4週間ほどつけると自分の排便のクセが見えてくるとのことでした。

日誌を通して自分のクセをつかむと、「排便に生活を合わせる」状態から、「生活に合わせて排便を整える」状態へと少しずつ近づいていけます。目標は便をまったく出なくすることではなく、出したい時間にまとめて出し、それ以外の時間をできるだけ安心して過ごせるようにすることです。
治療は、①生活・食事の工夫(セルフケア)、②薬物療法、③骨盤底リハビリ・バイオフィードバック療法、④TAI・SNMなどの専門的治療、という段階を踏んで組み立てていきます。まずは自分でできる4つの基本が紹介されました。
①自分の排便パターンを知る(日誌) 実際の日誌例として、術後1か月から復職した50代男性のケースが紹介されました。一見ばらばらに見える記録も、よく見ると「夕食後に排便が集中する」「ときどき強い下痢がある」「夜間の排便で睡眠が中断する」「会議などの予定前は食事を抜いてしまう」というパターンが見えてきます。「1日8回、10回」という数字そのものではなく、夜まで続くことや、排便のために生活を変えなければならないことこそが本当の困りごとだと分かる、という具体例でした。
②便の硬さを整える 硬すぎても水っぽすぎてもコントロールは難しくなるため、「ちょうどよい硬さ」(ブリストルスケール4〜5程度が扱いやすい方が多い印象)を目指し、食事・水分・必要に応じた薬で調整します。
③食べ方を整える 「LARSだから○○は絶対禁止」という万能ルールはなく、何を食べると便意が来やすいか、便が硬く/柔らかくなるかは人それぞれ。食べる時間にもヒントがあり、「朝食後30分以内に少量出る」「夕食後2〜3時間は便が出る」など、食事と排便の時間関係が分かると生活の計画が立てやすくなります。
④出す時間を整える 排便を完全に自然任せにするのではなく、仕事や外出の予定に合わせて「出やすい時間帯」を作っていくという考え方です。先ほどの50代男性のケースでは、夕食の時間を早め、薬を使う目的・時間を見直し、予定に合わせて調整した結果、夜に落ち着いて眠れる日や予定を立てられる日が増えたそうです。「治療の目標は便の回数という数字だけでなく、仕事・睡眠・外出といった生活を取り戻すこと」という言葉が印象的でした。

生活の工夫だけで十分でないときには、治療を組み合わせます。薬は「便の性状を整える薬」「腸の動きを調整する薬」「出すことを助ける薬」に分けて考え、「何のために」「いつ使うか」を医師・薬剤師と相談しながら決めることが大切だと説明されました。
また、「おしりを守ることも治療のひとつ」として、「痛みやただれを“仕方ない”と我慢しないでください」という呼びかけがありました。
排便機能そのものへのアプローチとして、肛門まわりの筋肉を意識的に動かす骨盤底筋訓練、機器を使って筋肉の動きを見ながら練習するバイオフィードバック療法も紹介されました。

自分でいろいろ工夫してもうまくいかないときは、排便の問題を専門とする医療者ともう一度状況を整理することが勧められました。専門外来でも、いきなり治療を増やすのではなく、①排便パターンを読み解く、②便の硬さ・食事・排便時間・薬の使い方といった治療を見直す、③それでも生活への影響が大きければ次の治療を考える、という順で整理していきます。
次の治療の選択肢として、水を使って計画的に腸を空にする「TAI(経肛門的洗腸療法)」(※日本では現在、LARSに対して保険適用外)や、排便に関わる神経に電気刺激を与える「SNM(仙骨神経刺激療法)」が紹介されました。いずれもLARSの方全員に行う治療ではなく、専門医と相談しながら選んでいくものです。

そして、保存的治療や専門的治療を行っても生活が大きく制限される場合には、ストーマ造設も治療の選択肢のひとつとして挙げられました。「大切なのは“肛門を残すこと”だけではなく、自分らしい生活を取り戻すこと」というメッセージのとおり、ストーマは治療の失敗ではなく、排便に支配されていた生活を取り戻すための選択肢になり得るとのお話がありました。外出が怖い、食事を避けてしまう、仕事や睡眠に影響している、日誌をつけても整え方が分からない――こうした状態は「排便障害だけで受診してよい」十分な理由であり、主治医だけで解決が難しいときには専門の医療者への相談も選択肢だと呼びかけられました。

講義の締めくくりとして、次の3つが挙げられました。
「スコアや便の回数を良くすることだけが治療の目標ではありません。皆さんが、食べる、眠る、働く、出かけるといった自分の生活を取り戻すことが目標です」という言葉で、講義パートは締めくくられました。
事前に寄せられた質問は40件を超え、似た内容の質問を8つのテーマにまとめてお答えいただく形式で進行しました。秋月先生からは、「薬の量や治療法は、手術内容や診察所見によって変わるので、個別の処方ではなく“どう考えるとよいか”を中心にお話しします」という前置きがありました。
① 術後早期・これから良くなる?
② 痛み・おしりのトラブル
③ 排便パターン別の悩み
④ 薬をどう使う?
⑤ その他(食事・骨盤底筋運動・狭窄・感染性胃腸炎)
⑥ 年齢とともにどうなる?
⑦ ストーマに戻すという選択
⑧ 今回のLARSとは別に、受診が必要な質問
「今日いただいた質問を見ても、LARSは本当に一人ひとり違います。大切なのは、我慢することではなく、自分の排便パターンを知って、生活に合わせる方法を一緒に探していくことです」

セミナー後には、ピアリング・ブルー会員限定の「交流会」も開催され、8名の方にご参加いただきました。秋月先生そして同じ悩みを乗り越えてきた仲間と直接お話しできる、貴重な時間となりました。食事の回数、旅行のヒント、急な孫の世話・介護との排便調整、家族との関わり方など、なかなか普段語り合うことのないテーマを皆さんと共有しました。
「一人じゃないと分かって良かった」「前向きな皆さんの様子に、元気をもらった」など、感想を笑顔で語っていただき、とても温かい雰囲気で会を終えることが出来ました。
第41回ピアリング笑顔塾、いかがでしたでしょうか。 術後の排便障害は、「デリケートな話だから」と一人で抱え込みがちなテーマです。しかし、秋月先生が繰り返しお話しくださったように、排便のパターンは人によって大きく異なり、正解もひとつではありません。だからこそ、「我慢する」のではなく、自分の体の変化を知り、主治医や専門家と一緒に整えていく方法を探していただければと思います。
今回のセミナーが、排便障害と向き合う皆さまにとって、少しでも安心につながるヒントになれば幸いです。
なお、近日中に、講義部分のアーカイブ動画をピアリングとコロレクぺディアのYouTubeチャンネルにて公開予定です。ダイアリーなどでお知らせしますので、お楽しみに!
(文:一般社団法人ピアリング 佐々木香織)
